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憲剛の最新本を立ち読み!「史上最高の中村憲剛」(17/20)

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 川崎フロンターレのMF中村憲剛の南アフリカW杯から現在までの5年半を描いた『残心』(飯尾篤史著、講談社刊)が4月16日に発売となった。発刊を記念しゲキサカ読者だけに書籍の一部を公開! 発売日から20日間、毎朝7時30分に掲載していく。

盟友のラストゲーム<上>

 2013シーズンのJ1最終節は、特別なゲームになった。

 3日前の12月4日、13シーズンにわたってフロンターレ一筋でプレーし、クラブの顔でもあった伊藤宏樹の現役引退が発表されていた。天皇杯を残しているものの、伊藤がJリーグの試合に出場するのも、等々力陸上競技場のピッチに立つのも、これが最後の機会となる。

 シーズン中に2度骨折し、出場機会も減りつつあった伊藤がこの年限りでスパイクを脱ぐことをチームメイトが知ったのは、11月のことだった。だが、中村はそれより少し前に伊藤本人から報告を受けていた。

 その日はオフだった。子どもの七五三詣でに向かう途中、ふと携帯電話を見ると、画面は伊藤から着信があったことを知らせていた。クラブハウスで毎日のように顔を合わせているから、オフの日に、それも真っ昼間に電話がかかってくることは、これまでに一度もなかった。

 胸騒ぎがした。

<もしかして、これは……>

 中村はすぐにかけ直した。

 嫌な予感は、当たった。

「もうやめようと思ってるんだ」

「ふざけるな。絶対に後悔するぞ」

「それ以上、言うな。泣いてしまうやろ。もう決めたことだから。もう切るぞ」

「後悔するって。今ならまだ引き返せるよ。ちょっと、宏樹さん!」

 自分なら引き止められると思っていたが、ダメだった。伊藤の決意は堅かった。

「そのあと、宏樹さんの顔をまともに見られなかった。恐れていたことが起きてしまった。まだ先のことだと思ってたのに……。それ以来、いかに宏樹さんを送り出すかを考えてきた」

 ナビスコカップは準決勝で浦和レッズに敗れたが、リーグ戦では11月10日の清水エスパルス戦から4連勝を飾って最終節を迎えていた。

 等々力陸上競技場で行われる最終節の相手は、首位の横浜F・マリノスである。

 2004年以来となるリーグ優勝を目指すF・マリノスは一時、頭ひとつ抜け出していた。ところが、優勝争いのプレッシャーのためか、ホームで一度も負けていなかった彼らが、第31節の名古屋グランパス戦、勝てば優勝を決められる第33節のアルビレックス新潟戦と、ホームで連敗を喫してしまう。

 F・マリノスが足踏みをしているうちに勝ち点差を縮め、追い上げてきたのが、前年のJ1チャンピオン、サンフレッチェ広島だった。

 それでも最終節を迎えた時点で、1位のF・マリノスと2位のサンフレッチェとの間には勝ち点2の差があり、F・マリノスが勝てば優勝が決まる。しかし、5位のフロンターレにとっても勝利すれば3位以内となる可能性が残っていて、翌年のACLの出場権獲得のチャンスがあった。

 フロンターレは2005シーズンの最終節にホームの等々力陸上競技場でガンバ大阪に敗れ、目の前で胴上げをされている。あんな想いを味わうのは、二度とごめんだと中村は思っていた。

 そして何より伊藤宏樹に最高の餞を贈りたい。伊藤宏樹の旅立ちを勝利で祝いたい。リードを奪って、伊藤宏樹をピッチに立たせたい――。

 中村のモチベーションが高まる理由は、これ以上ないほどあった。

(つづく)


<書籍概要>

■書名:残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日
■著者:飯尾篤史
■発行日:2016年4月16日(土)
■版型:四六判・324ページ
■価格:1500円(税別)
■発行元:講談社
■購入はこちら

▼これまでの話は、コチラ!!
○第16回 「なんで、ニッポンにいないの?」<下>

○第15回 「なんで、ニッポンにいないの?」<上>

○第14回 「トップ下に自信がなかった」<下>

○第13回 「トップ下に自信がなかった」<上>

○第12回 トップ下としての覚醒<下>

○第11回 トップ下としての覚醒<上>

○第10回 めぐってきたチャンス<下>

○第9回 めぐってきたチャンス<上>

○第8回 コンフェデレーションズカップ、開戦<下>

○第7回 コンフェデレーションズカップ、開戦<上>

○第6回 妻からの鋭い指摘<下>

○第5回 妻からの鋭い指摘<上>

○第4回 浴びせられた厳しい質問<下>

○第3回 浴びせられた厳しい質問<上>

○第2回 待望のストライカー、加入<下>

○第1回 待望のストライカー、加入<上>

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